マクラ−レン・ホンダを駆るアイルトン・セナとフェラーリに乗るアラン・プロスト、このふたりのスーパーF1ドライバーの対決が90年シーズンの軸になっているが、両者はともに88年と89年には同じマクラ−レン・ホンダ・チームに籍を置き、チームメイトであるとともに互いに最も強力なライバルどうしとして競いあっていた。
単なる速さだけではなくドライビングスタイルにおいてもセナとプロストは好一対といわれ、ことあるごとに比較の題材にされたものである。才気喚発、閃きに満ちたドライビングで観衆を魅了するセナとスムーズさに徹するプロストは、たしかに好対照ではあった。予選タイムなど“ここ一発”の速さ、あるいはコーナーへの突っ込みの鋭さなどではセナに軍配が上がったが、全体として無理の少ない丁寧なドライビングは、燃費の良さ、あるいはタイアに対する優しさに結びつき、この点ではプロストに一日の長があるといわれたものだが、たしかにそういった違いはホンダのコンピューター・データにも現れている。
たとえばスロットルの踏みかたひとつ取ってみてもその違いは明らかで、グラフA、Bに整理したように、どういうスロットル開度をどれぐらいの頻度で使っているかを見ると、プロストのほうが全開頻度がセナよりわずかに高いと同時に全閉の頻度もずっと高く、つまりベッタリ踏むか完全に放すかでドライビングを組み立てていることがわかる。
減速時にはスロットルを完全に閉じて減速だけに集中し、丁寧にコーナーを抜けてジワーッと全開に持って行くのがプロストの乗りかたということになる。
いっぽうのセナは全体の半分が全開でプロストよりわずかに少ないが、その反面、全閉の頻度も低く、スロットル開度にして1/4以下の部分を満偏なくよく使っている。スロットルを大きく戻した状態でピクピクと痙攣するような調子で“当たり”をみるように踏んだり放したりする通称“セナ足”がこれに相当する。
この棒グラフは89年の日本GPのレース中、セナの場合は1分44秒9のラップタイムで、プロストのほうは1分45秒8で走った時のものをサンプルにしている。
その両者の走りかたの差を、89年日本GPの予選データからピックアップしてみよう。
ともに土曜日の最終セッション、セナがまず1分38秒05を記録し、それから16分後にプロストが1分39秒81を出した時のものを、第1〜第2コーナー(かつての鈴鹿から続いている通称でいえば第1〜第3コーナーということになるが)とスプーンの区間で見てみた。
グラフCは第1〜2コーナーでのデータで、太い線がセナ、細い線がプロストである。上の欄はスロットル開度、下の欄は車速を示している。
プロストは第1コーナーに進入してから第2コーナーへ向けて最もきつく曲がる手前までにいったん全開に近くまで踏む部分もあるが、そこを過ぎて第2コーナーに進入する部分では完全にスロットルを閉じている。
いっぽうセナは第2コーナーからの立ち上がりで本当に全開にするまではスロットル開度の小さい領域で小刻みに踏んだり放したりしており、全開がない代わりに全閉もほとんどなく、脱出時にはプロストより早いタイミングで全開の持って行っている。この操作の差は車速に反映され、スロットルを煽ることで瞬間ごとの車の反応を読みながら常に全開に向けてチャンスを見計らっているセナと、あらかじめ全開にするポイントを想定してあるがごとく、そこまでは全閉を含んで緩やかなスロットル操作をするプロストでは、平均してセナのほうが高い車速を維持できている。
特に第2コーナーから脱出に向けての区間でその差は顕著である。
いっぽうグラフDは通称スプーンから裏のストレートに向けての走りっぷりの比較だが、ストレートに躍り出てからの車速はほとんど同じでも、そこに至る過程では一貫してセナのほうが車速が高い。
スロットル開度のグラフで見るとセナとプロストの違いははっきりしていて、スプーンの1個目と2個目の間で全開加速する区間はプロストのほうが長いが、逆に2個目の通過に際して全閉にしている時間もプロストのほうが長く、ピクピクと右足を“痙攣”させて全開加速のタイミングを見計らっている(どの瞬間にも駆動輪の接地力限界に至近距離にある)セナのほうが平均して高い車速を得ることができている。
プロストのほうがセナより、たいていのレースでいい燃費を記録しているといわれたのも、データから確認されている。
88年(ターボの最後の年)と89年(NAの初年度)の2年間、マクラ−レン・ホンダのチームメイトどうしとして、両者がともにフル周回数を走りきったレースでの結果をくらべると、総平均でセナのほうが、プロストに対して1.4%ほど燃料を多く食っている。
ターボ時代最後の150g総量規制でいうと、レースごとにわずか2gほどながら、セナのほうがたくさんの燃料を必要としていたわけだ。
NA時代になってからは燃料タンク容量の規制はなくなったが、大きくなったタンクで1.4%といえばそれだけ絶対量の差も大きくなる。
たかが2gや3gとはいえ、グラム単位で軽量化を心がけて必要最低限の燃料を積むように計算するF1では、けっして無視していい数字ではない(ちなみに現在のマクラ−レンでのチームメイトどうしであるセナとベルガーを比較すると、ベルガーのほうが1.5%ほど燃費が悪いという。これとプロストの差となると3%にもなってしまう)。
この燃費の差は、実は一般的に思われているように両ドライバーのスロットルワークに起因するのではなく、シフトポイントの選びかたに大きな原因があったという。たとえば88年のターボの場合、プロストはちょうどパワーピークのところ、つまり本当のレヴリミットの少し手前でシフトアップしていたのに対し、セナは引っ張れるだけ引っ張っていたという。
ターボエンジンの場合、パワーピークを越えてしまうと回転は伸びても効率は下がり、気分的に頑張っているつもりでも加速性能が向上するわけではない。結果としてプロストのシフトアップのパターンのほうが正解で、似たようなタイムで走っても多少ながらいい燃費を記録できたわけだ。
その事情が少し変わったのがNA化された89年のことで、ターボの当時とは異なり、パワーピークを過ぎてもレヴリミットまで思いきって引っ張ったほうが加速がいいことがあり、そんな状況では正直にパワーピークを拾うようにシフトアップするプロストより、ぐいぐい引っ張るセナのほうが速いという結果が出た。
「セナのほうに調子のいいエンジンが支給されている」とプロストが不満を述べだしたのもこの当時のことで、それに対してコンピューターでデータを解析してみたら、上記のようなシフトアップの差が指摘されたという。 |
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(「F1解剖講座」データで見るF1グランプリ)より |