Soliloquy
 (独り言)
2012.11.22
「最近の人達は環境にとても…」
 最近、某専門大学校に用事があり、事務局で用事を済ませた後、学校内を見学をさせて頂いたのですが、あまりにも恵まれた環境なので驚きました。
 この専門大学校には、「整備科」「自動車研究科」「カスタマイズ科」「モータースポーツ科」などがあり、私が見学させて頂いたのは「モータースポーツ科」というフォーミュラレースの車輛の整備を実践するクラスで、フォーミュラマシンの年間シリーズ戦を通してメンテナンスを行ない整備とセッティングの実務を経験しエンジニアに仕上げていくというクラスです。
 そのクラスの施設内にはエンジン慣らしをするエンジンベンチや水平定盤、2000馬力まで測定できるシャーシダイナモ、それにコーナーウエイトゲージにレーザーアライメントゲージなど、普通の学校では考えきれない精密機材が設置してあり、その測定器を専門教師の指導の下、学生達が慎重に扱いながら実務整備をおこなっていました。
 レース車輛の運転に関しても現在活躍中のプロドライバーが直接指導をおこない、ドライビング理論等を細かく説明し、体験しながら経験値を高められるという凄いプログラムで、とても一般人には体験できないトレーニングを実践しており、一昔前のような、何処そこのレーシング・メンテナンス工場に就職し一から勉強しなければ教えて頂けなかったことや、個人で運営しているドライビングスクールに通わなくても入学金と授業料を支払えば、誰でも経験出来る環境がそこにはありました。 
 今は、このような専門的な学校やフォーミュラ・マシーンのレーシング・スクールも増え、レーシングドライバーを育てるレーシング・スクールに関しても昔と違い感心するほど面倒見が良く、効率もいいです。
 今のレーシング・スクールは、フォーミュラのドライビングテクニックを磨くだけではなく、ドライビング理論を学ぶ為の座学や、ドライバーに必要なトレーニング理論や栄養学、それに自分をアピールする企画書の作り方、自分を売り込む為の営業活動(スポンサー獲得のアドバイス)まで教えてくれます。マネージメントもしっかりしており、レース車輛(レンタル)の手配からサーキット走行のスケジュール、それにレースプランの設計など、ドライバーとしての目標をしっかり持っていれば、これ以上にないサポートシステムが一昔前よりかなり低コストで手に入ります。
 もしレーシングドライバーになりたいという目標があるのなら、このような『フォーミュラ』のレーシング・スクールに通うのが一番推薦できる選択だと思います。何故ならドライバーが克服しなければならない問題の一である「資質」と「才能」を正確に見極めることができ、実際にうまくマシンを操って速く走れるセンスがあるかどうか客観的に測れる機会を得ることができるからです。
 今の時代、ドライバーとしてステップアップを踏む上で、このような施設や先人達の道しるべ、幾多の前例が数多くあり、ドライバー自身が幅広い知識を努めて得るようにすれば、誰でも正しい自分の道を切り開くことが可能です。
 一昔前は、このように優れたレーシング・スクールなど存在しませんでした。
 四輪のモータースポーツは、スタートラインに辿り着くまでが大変で、普通のスポーツのように簡単に道具が揃えばできるスポーツならともかく、最初にどのカテゴリーのレースを選び、どのレース、どのシリーズを追うのかプランを考え、自分のやるべきレースの期間とカテゴリーを明確にした後、車輛代、走行料、ガソリン代、エンジンO/H代、クラッシュ代等・・・費用の算出から始まり、何処の競技車輛にするのか、何処のガレージに置くのか、誰がメンテナンスするのかを決め、最後にレーシングカーというとても高価な競技車輛を購入しなければ話が始まらないスポーツであるからです。ここで何処の車輛で誰がメンテナンスし誰にドライビングを教わるのか選択を誤ると大切に蓄えてきたお金を無駄に使ったり、大切な時間を無駄に過ごすことになりかねません。
 レースをやるにしても、ドライビングだけに意識を集中するだけではなく、かなり広い範囲の活動が必要となります。ナンバーの無い競技車輛を走らせる為には、それなりの準備が必要で、積載車等で車を運搬し、移動先で車を直接触らなければならないし、車の走行状態を判断する為の構造やハード面でのさまざまな知識も自分で勉強しなければなりません。
 それにドライバーに必要なフィジカルトレーニングなど肉体面を鍛えるのも専門のインストラクターに習うか、自分でプロドライバーの肉体や栄養学に関する雑誌専門書を探して勉強するしか方法はありませんでした。
 企画書一つにしても構成等を考えてくれる代行業者など無く、広告代理店などの企画書を参考に写真を切り貼りしワープロで作成するしかなかったのです。あの頃の事を思うと、個人のHPまで製作してくれる今のレーシング・スクールに在籍している人達は、とても恵まれていて羨ましいかぎりです。
 ただ、モータースポーツは、車という機械を媒体としたスポーツであることは、今も昔も変わりません。
 レーシング・スクールを卒業した後、レース界という小さな社会の縮図に踏み込んだ場合、ガレージ、メカニック、エンジニア、シャシーコンストラクター、エンジンチューナー、レースオフィシャルなど様々なレースを取り巻く環境が存在し、レースを続けていく上で、ドライバー志願者のほとんどが挫折し、幻想から覚めるのは、まさにここからなのです。
 ここからはドライビング・テクニックやマシンの知識とは別次元の話で、レースを続けていくほど人間関係のわずらわしい問題やレースを続けるための資金を調達する能力といったドライビングとはまったく関係ないものが紆余曲折にあらわれ、そのトラブルを巧みに処理できるかどうかに関わってきます。
 要するにドライバーとしてレースを続けていく為には精神的にタフかどうかにかかってくるわけです。【ただし、呆気者(※1)や道楽者もいますが…】これを克服していく資質があるかどうかは専門学校やレーシングスクールにもわかりません。確かに現在活躍しているスクールを卒業したドライバーもいますが、現れては消えていくドライバーがいかに多いかも忘れないことです。
 この4輪自動車競技の世界をもっと小さくした世界がレーシングカートの世界です。
 カートを始める時、カート屋さんの扉を叩くところから始まります。その後、カート屋さんからカートとそれに関する道具を一式買い揃え、トランスポーターを購入した後、カート場で練習しメンテナンスを覚えながらライセンスを取得します。そこから年間200万前後の費用が掛かる地方のローカルレースに参戦することでモータースポーツが始まります。カートの場合スケールの大小はありますが、その後の過程は4輪とさほど変わりません。4輪ドライバーもレーシングカーターもある程度の成功を収める為の要因は、参戦し続ける上で人としての精神面での強靭さ、その社会での柔軟性が一番求められるのです。 
 さて、前記したようなレーシングの人達と違い、レンタルカートはどうでしょう?
 何処の施設でも簡単な講習を受けチケットを購入さえすれば何方でも合法的に体験できます。レンタルカートという整備された車輛に乗り、決められたコース上を上手くマシンを操って速く走り、速度欲が満たされればいいのがレンタルカートという乗り物です。ただ、レーシングに近い為、取組み方によっては「レンタルカートこそ、モータースポーツに至る最高の近道」にもなります。
 レンタルカートといえども、ドライバーとして頭角を現すために必要なことを何でも教えてくれます。各施設で開催されているレンタルカートのレースに参戦することで、ドライバーとしての基本的な能力や効果的なトレーニングを手軽に積めるからです。
 例えば、集団の混戦の中、自分のポジションを作り、いかに上手く抜け出し集中力を保って最後までミスなく走りきるか。レース中、競争相手に抜かれても動揺せず各ラップのタイムを落とさないように走りきることができるか。スプリントなら決勝ヒートの最後まで駒を進められるか。等々、競争のなかに身を置くことでドライバーとしての資質も自然と磨かれモータースポーツをしっかり学べます。これが後々、ドライバーとしての武器になるわけです。
 ただし、前記のようなことを「楽しみながら乗りたい時にドライブする」という遊び心で取組むのであれば、いくら経験を積んでもゲームで終わり人としての成長は望めません。あくまで、ひた向きに接していればの話です。ひた向きに接することができれば、レンタルカートでもレースを経験する上で最高の教師になるのです。
 最後に、モータースポーツとレンタルカートとの比較を書きましたが、モータースポーツのように毎年、大金を支払い何から何まで自己責任で決めていかなくても、手軽にモータースポーツを体験できるのがレンタルカートのいいところでもあります。以前と違い、今のデフレ経済では何をするにも厳しい時代。デフレが進み過ぎ利益の取れない構造になってしまった経済状況の中で生計を立てていくのですら大変な時代です。少ないコストでモータースポーツを体験できるレンタルカートは、今の時代に合っているかもしれません。今は誰でもモータースポーツを手軽に体験できる恵まれた時代になったことを十分認識したうえで、取組んで頂ければ有難いです。
※1.呆気者(うつけもの)・・・織田信長の幼少期のあだ名、愚か者を意味する。
2012.4.20
Red Bull KART FIGHT…」
 先日、お台場のメガ・ウエブにて「Red Bull KART FIGHT」の説明会とキックオフパーティーに出席してきました。
 この「Red Bull KART FIGHT」の趣旨は、アマチュア世界一のカートレーサーを決める世界選手権です。
 簡単な概要は、世界各地で予選を開催し、その世界選手権に参戦される日本代表選手を決める為の大会であり、日本全国六地方で六予選を開催し、最後にジャパン・ファイナルをおこなって世界大会に参戦する選手を決めるという世界規模のアマチュアカーター勝抜き選手権です。
 詳細については、今ここでは記載出来ませんが、レーシングやレンタルのカートに取り組んでいる人達には、いい刺激になると思う。何故なら「スプリントレース」つまり個人戦(雄本能の戦い)だからです。
 さて、雄の本能とは、序列への関心が6歳には芽生え「男の覇権争い」すなわち常に相手をこきおろそうとする戦が始まり、地位や女性をめぐって競争してしまう生き物で、テストステロン(攻撃性、敵意、性欲などの男性ホルモン)が強い人ほど一対一の競争に強く、人を出し抜くことに長けているといわれています。また、その反対に年をとったり子育てに関わると、自然とテストステロンが下がり男性的な暴力性が抑えられ、自分の周囲のためになることへの関心が高まり、絆や協力を重視し団体戦などが得意になるといわれています。
 スプリントレースのいい所は、個人戦の勝負事により白黒ハッキリ決着が付き、勝者は勝つという喜びを何物にも代え難いものだと実感できるところにあり、敗者は「何物にも代え難いもの」を手に入れる為、ひたすら自分自身が納得できるまで努力するところにあります。
 本来、日本人は、とても短時間で決着する競技が好きで、競輪、競馬、競艇、オートなどの短期決戦を好み、長期決戦をあまり好まない習性があり、短期決戦で勝敗が分かれ、言い訳の利かないのがスプリントレースのいいところです。日頃、レンタル及びスポーツカート等でおこなわれている耐久レースでは、個人の技量がとても曖昧でレース中に1/10も走行しない重量合わせの参加者などが存在する為、白黒がハッキリしない競技であり、短時間で勝敗が付き自分自身を試されるスプリントとは根本的に本質が違います。もし、ウエイトが重ければ痩せればいいのであり、スプリントレースには「ゆとり教育」など存在しません。駄目な奴は「駄目」なのです・・・
 モータースポーツはF1を頂点にINDY、F2、FN、F3・・・等、様々なレースがありますが、レースの中で一番純粋に楽しめるのは統一された競技車両でおこなわれるカートのスプリントレースだと思う。何故なら、あらゆるモータースポーツの中で、一番イコールコンディションに近いからです。
 以前、オートスポーツ誌(770)の中で「君は他のマシンをパスし、真のレースをすることを愛しているようだが?」の質問に対しミハエル・シューマッハはこのようなことを語っています。「F1マシンがもっとイコールコンディションになるといいと思っている。そうすれば、よりオーバーテイクするチャンスも増えるからだ。僕はエキサイティングに戦うことが好きだ。だからカートが好きなんだ。カートならそれができる。」と答えており、1993年、F1最終戦、オーストラリアのアデレードGPで「最後の質問を…レースで対決して最も満足感を得られたドライバーは誰ですか?」のプレスの問いに対し、アイルトン・セナが答えた内容は以下の通り「ずっと過去に遡らないといけない。1978年と1979年…そして1980年のカート時代だ。初めてヨーロッパに渡った。ブラジルの外で戦うために、チームメイトはフラートン(※)。経験豊かなドライバーでね、彼と走るのは楽しかった。速くて堅実な走りをする完成されたドライバーだった。純粋にレースを楽しめた。そこに政治など存在しない。金の絡まない真のレースだった。それが今でもいい思い出として残っている。」と語っています。
 ようするに『真のレース』を楽しみたいのなら、とてもお金が掛かるフォーミュラレースでなくても、カートレースで十分経験が積めるということです。ただし、スプリントレースの話ですが・・・


 さて、この「Red Bull KART FIGHT」は、今年で3回目となり日本では初めての開催となります。参戦する選手の最終目標は、あくまでも最終選考会に選ばれ日本一となり世界大会で優勝することが目標ですが、そこまで辿り着けなくても、自分が『雄』と思うのであれば(女子も含む。)、そのプロセスを楽しむのに十分な内容だと感じました。
(※) テリー・フラートン:セナと同時期DAPに所属し、DAPチームのワークスドライバー。当時のカート界のドンとも称すべき存在。当時、DAPチームのエースはフラートンであり、若き日のセナは、ただのチームメイトだった為、満足できる待遇は受けられなかった。
2012.2.23
「チームメイト・・・」
 最近、Newsではなく、ただのコラムになってしまいましたが…
 先日、ドライバー達の要望で、第7回レンタルカート・フィスティバルに参戦(正確に言うと参加及びテスト)に行ってきました。
 勝敗や結果は、参戦する前からおおよその察しはついていたので、チームメイトの力量を確認することにしました。
 今回、エースドライバーが決めたセットアップで耐久レースに参加したわけですが、耐久レースでは、通常、1台のマシンを複数のドライバーでシェアします。コース上で他者と競うのがレースですが、耐久レースの場合はチームメイトとも競争しなければならず、今後の課題もあるのでチームメイトとの戦いに重点を置くことにしました。
 耐久レースのセットアップの難しいところは、すべてが自分好みにはマシン・セッティング出来ず、万人が運転出来る状態を作らなければなりませんが、あえて今回は、各チーム(2チーム)のエースドライバーのセットで乗って頂くことにしました。
 少し厳しい言い方になりますが、同じマシン、エンジン、タイヤを使ってチームメイトどうしが競争する訳ですから、遅かった時の言い訳はまったく通用しません。また、同一条件ということもあり、力量差をすぐに判断出来ることにもなります。争いという点で、ドライバーどうしが競い合うスプリントとはまた別の厳しさがそこにはあります。
 しかし、ある意味、このような大会を好機ととらえれば、チームメイトの走りをつぶさまに観察することが出来、自らのレベルアップにつなげられるチャンスでもあります。
 ほとんどのスポーツには、トレーナーやコーチがいますが、モータースポーツの世界では「速くなりたいのなら、すべて自分でやれ!」という世界です。ドライビングに対してもしっかりとしたコーチングなどは望んでも受けられません。
 何度も言いますが、学習しなければドライビングの上達はあり得ません。人より速くなりたいのなら沢山経験を積み、新しい知識に対して貪欲な心があれば、運転技術は常に向上していくものだと理解した上で取組むことが大切です。
 今回の耐久レースで、エースドライバーとのタイム差に対し、これ以上、自分は速く走れないなどと絶対に諦めないことが大切で、ドライビングには決まったセオリーなどないことを充分認識したうえで、これから運転技術を向上させる経験をして頂けると有難いです。 
2011.12.31
「スプリント・レースの一年間をふりかえって・・・」
 今年から始まったネオ・スピードパークのスプリントレースですが、一年目のシリーズ戦としては何とか形になったかな…と思います。私は、自分と組んでレースを取組んでいた人達は強靭な人が多かったので物足りなさはありますが、一年目にしては上出来だったような気がします。とても速く手強いチャンピオンも誕生しましたしね。
 私は、よくお客様に「レーシング」と「レンタル」の違いを聞かれます。
 最初は上手く捉えられなかったのですが、今は訊ねられたらこう言います「速い、遅いではなく『質』が違う」と・・・
 簡単に言うと「心構えが違う」要するに「覚悟が違う」ということです。
 人は誰でも自分の腕前だけを信じて短期間に何千万円も自分自身に投資できるものではありません。先の見えない不安と同時に夢や期待を膨らませ実行してしまうのが、私の知っている「レーシング」の人達です。
 このような人達の多くは上のクラスに行くほど狭き門にぶつかり、その苦しさを身にしみてレースを止めざるを得ない状況になり、未練を残してレースを離れる人がほとんどですが、別の角度から、とにかくどのカテゴリーでも構わないから乗れる車を探し、ドライバーとしてレースフィールドに居続ける人達もいます。
 自分の理想とは異なる行為だと思いますが、やり続けるのもレースだと思いました。
 ただ、自分のポテンシャルに疑問など抱かず、あまりにも大きなギャンブルである為、よほど自分自身を信じなければできない行為であり、このような人達に共通して言えることは「レースを止めてしまえば、レースはもう終わりである。」という定義が前提にあるから出来るものであり、こうした状況下で粘りに粘って来たドライバーは、紆余曲折する間に世間に揉まれ魅力的な人間に成長しているように感じます。
 さて、少し話が逸れてしまいましたが、当施設での方針は、走行料金やレース等を含めて、参加者にあまり負担が掛からないように、ある程度の収入(金銭的余裕)があれば、速さを追求するための努力と知性を伴う内容の濃い質の高い練習でき、「レーシング」に近いレース(※)を提供していくつもりです。
 レースにしても長くやり続けていれば、手強いライバルも年を越すたび減っていくし、後輩もさほど怖くなくなります。それに時間を掛け経験値を高めれば、運転の幅が広がり自分を変に過信せず、自分の技量を信じて競技に取り組むことができるようになるのです。
 さて、2006年、ブラジル・サンパウロのファイナル・ラウンドでミハエル・シューマッハが引退会見の終了後、語った言葉ですが以下の通りです。「何か今シーズンで思い残す事は?と記者」の質問に対し「当然あるだろうけど、最終的にはどうしようもないこと。間違いもするし達成できなかった目標もある…でもそれが人生。人生は巻き戻せない。先に進むものさ。」と述べ言葉の重みを感じたのですが、人の人生は、一生で一度しかないものなので、「レーシングカート」ような大変お金が掛かるスポーツや「レンタルカート」のような高額でなくてもユーザーに負担の掛かるスポーツに取り組む時は、自分自身でよく考え、後で後悔しないように目標を決め、目的に向かって取り組んで下さい。
(※) ほとんどのスポーツに共通する勝敗の魅力とは、人にとって本能的な魅力のひとつであり、勝つという喜びは何物にも代え難いものであると思う。当施設では個人の実力が明確に示されない耐久より、個人の実力が如実に示されるスプリントのレースが重視されます。
2011.11.20
「立ち振る舞い・・・」
 ずいぶん昔の話ですが、1990年にメルセデス・ベンツはWSPC参戦の為にドライバー養成プログラムを作りジュニア・チームを結成しました。その時のジュニア・チームのドライバーがハインツ・ハラルド・フレンツェンカール・ベンドリンガーミハエル・シューマッハの3人です。この時のエース・ドライバー兼教育係はヨッヘン・マス
 当時、この若手がメルセデス・チームから学んだものは以下の通り。
 ○大きなチームの一員として仕事をしたこと。
 ○ベテラン・ドライバーの仕事(セットアップ、ドライビング、戦略等)の進め方と知識を学んだこと。
 ○体力や精神力のトレーニング。とくに体力トレーニングは重要な位置を占めていたこと。
 ○精神的なトレーニングは、仕事を通じて自然に学ばせたこと。
 ○大きなチームでは言い訳が効かず、集中と緊張を常に強いれらていたこと。
 ○プレスとの付き合い方も学んだこと。
 ○語学は特訓プログラムにはなく各個人が独自に勉強したこと。
 であるそうですが、個々に聞いてみるとフレンツェンの場合は「体力トレーニングは、いかに大切かを痛感させられ、経験豊かな教育係(マス)と一緒に仕事ができ燃費、体力、タイヤを無駄なく走ることを学び、沢山の距離(経験)を走り込むことができた。」と語っており、ベンドリンガーも大体同じ事を述べ「教育係(マス)とエンジニアとの会話のやり取りも参考になった。」と語っています。
 そして最後にシューマッハはこう述べています「F1レベルの大きなチームのメリットは、質の良い経験をたくさん積めるということだ。たくさんの距離を走り込む事ができ、そりに応じ違ったドライビング・スタイルを学ぶこともできた。一番大きな収穫はブレーキング・テクニックだ。ブレーキング限界時でもコントロールする術を学んだ。」と語っています。
 ただ、3人に共通して言えることはメルセデスという大きなチームで、ベテランドライバーのヨッヘン・マスと仕事をしてレースやプラクティスでの立ち振る舞いを見て学んだ(プロとは何かを学んだ)ことにあるそうです。
 さて、何故このような昔の記事(記録)をわざわざ記載したかというと、当施設のスプリント・レースにゲスト・ドライバーが参戦して頂くにも理由があり、ただ盛上げる為に呼んでいるわけではありません。
 お気づきになっている賢い方もいると思いますが、当施設のレースに参戦されている方々のレベルを上げる為に参戦して頂いてるのであり、質の高いドライバーから多くの物を得てもらいたい為に呼んでいるわけです。
 当施設は自動車メーカーがおこなっている「育成プログラム」は大変お金が掛かり、とても提供することは出来ませんが、経験あるドライバーと競争させ、経験値を上げていくお手伝いは出来ます。
 スプリント・レースに参戦されている方々は、知らず知らずのうちに着々と技術を身に付け速く走れるようになり、その進歩はラップタイムとして数字になって示され「速くなる」とはどうゆうことなのか?体内で何が変化しているのか解りずらい(解らない)と思いますが、ゲストに呼ばれるような方々のレースに対する立ち振る舞いを肌で感じながら、少ないコストでレースに参戦できるということは、経験を積む上で大変恵まれた環境にいると思って頂ければ有難いです。
2011.09.04
「スポーツとモータースポーツ…?」
 去年の9月からオープンして約一年が経ちましたが、おかげさまで会員も予想以上に増え、当コースでスポーツ・ドライビングの楽しさを知った常連さん達も定着し嬉しいかぎりです。
 当社はゴルフ場を中心とした有料サービス業であります。レンタルカート場の運営は経験がなくゴルフ場でおこなってきた有料サービスをそのままカート場業務に取り込んで運営してみようと、この一年取組んできましたが、当施設はカート場の運営は初めてだったので運営管理(従業員・客層・安全面)で苦労しましたね…
 車輛に関しても、私とチーフメカニックは四輪自動車競技の競技車輛しかメンテナンスしたことが無く、しかもレーシングカートではなくレンタルカートを扱うのは初めてだったので、かなり試行錯誤しました。
 苦労した甲斐もあり、現時点では当コースのようなコースレイアウトでも繊細な整備のおかげで、個体差のとても少ない良い状態の車輛に仕上がっていると思います。
 当コースのレンタル車輛をメンテナンスしているチーフメカニックは、もともと四輪ドライバー出身の方です。
 彼は、高校卒業と同時に毎晩、二輪車で峠を攻め(笑)その趣味が高じて草レース(AE86)参戦を開始した人で、FET CUPでAE86クラスチャンピオンを獲得後、1996年・筑波サーキットでおこなわれている公式戦(JAF戦)に参戦。1997年・AE86クラス・シリーズチャンピオン(TOPRO/AE86クラスはシリーズ3位)。1999年・S14シルビアを操りTOPROシリーズチャンピオンを獲得したドライバーでもあり、当時の彼は不眠不休で仕事とレースに打込む情熱的な人でした。
 レース参戦中やその後もN1競技車輛のメンテナンスを数多く手掛け、何度も優勝やシリーズチャンピオンに導いているエンジニア兼メカニックです。工学部出身であり、とても物事の進め方が論理的で「競技車輛」というものをよく理解しているレース屋さんです。
 簡単にネオ・スピードパークのレンタルカートを説明してしまうと「四輪競技車輛を扱っていたエンジニアが考えた(部品一つ一つも吟味した)スポーツするカート」ということになります。 
 少し話がそれますが「スポーツ」の基本は「遊び」であり「スポーツをやりたいからやる」という自由意志「遊び心」(※1)でおこなわれ、「心・技・体」の要素から構成されている事から「心技体を伴う競技的な遊び」がスポーツです。
 スポーツ施設を提供していて感じることは、自由意志の調整(約束事)が必要で「やりたいこと」をやるためには「やらなければならないこと」を果たさなければならないことが大切で「自由と義務」の相反する課題が窮屈に感じたり制約されているように感じることがあると思いますが、やりたいことをやるためには、やらなければならないことを果たす必要があることを理解して頂けなければなりません。
 楽しければそうした事も気にならないのですが、それを動機付けするのが施設側の責任と考えております。
 当施設で提供しているレンタル車輛によるスポーツ走行は、あくまでスポーツクラブの延長線上にある「焦らず、ゆっくり」をモットーにした「楽しい活動」の場にすることが理想です。
 しかし、私やメカニックは四輪自動車競技の経験しかなく、独特なコースレイアウトにしてしまい、レンタルカートも競技車輛に近づけてしまった為、その過程を理解しているお客様は、努力を美徳とし、「勝つこと」「うまくなること」「努力を惜しまないこと」をモットーに取組んでいる方々も多数います。
 ただ、このような方々も度が過ぎると「スポーツ」が「モーター」という言葉がつく「モータースポーツ」になってしまう訳ですが…
 「モーター」という言葉がつく「モータースポーツ」は、レンタルカートやサーキット等で四輪スポーツ走行で楽しむスポーツとは全く別物で、モータースポーツに取組む場合、かなりの勇気と決断が必要とされ気軽にお勧めできるものではありません。出来れば趣味の範囲(スポーツ)で割り切ることが幸せだと思います。
 何故なら、モータースポーツ(自動車競技)とは、何かに憑かれたようにのめり込ませる不思議な面を持ち、大変お金もかかり、生活を圧迫させたり、他の全てのことを犠牲にしてもやるほどの(やってしまうほどの)魔力を持ってしまっているからです。
 ただ一つだけ言える事は、一回しかない人生の中で、自分には車を自在に操る才能があり、数年の間(期間を決めて)に自分の技量を試してみたいと思うのであれば、モータースポーツ(自動車競技)には、そうした思いを受けとめてくれる充分な内容を持っていると思います。
 モータースポーツ(自動車競技)とは、スポーツという枠を超える様々な知識や段取り人間関係が必要で、人としての努力がとても必要であり、最終的に全人格に及ぶほどの経験(「自ら作らねばならない道」を切り開く経験)が得られる一種独特な競技です。
 スポーツするカートと呼ばれるレンタルカート走行は、各施設で周回数のチケットを購入し、整備させたカートに乗り、スポーツ走行を手軽に経験できる(経験値を上げれる)スポーツですが、モータースポーツとは、非常に広い範囲の活動が必要で、最初に高価な競技車輛を購入し維持していく事を前提に考え取組まなければ始まりません。
 走行するにもメンテナンスが必要で自分で出来れば問題無いのですが、エンジニア等に依頼すれば、それなりに多額の費用がかかります。それに、車輛に対しての知識も必要で自分の運転に合った車輛に仕上げる為に、自分で論理を学び経験を積み仕上げて自分のスタイルも確立しなくてはなりません。
 競技車輌を規定の中で仕上げる(刃の研ぎかたを知る)ことがモータースポーツの一番難しい(多額の費用がかかる)ところでもあり、刃の研ぎかたをしってる奴(注)がライバル達を出し抜くことができるのです。機械を扱うスピード競技は、機械に対する「愛情」が大切なスポーツで、競技車輛に対し最高の相棒になれる奴が強いのです。
 それと車という機械を媒体とした競技であるため、それらを取り巻く環境が存在し、競技経験を積むにしたがい、人の輪が広がり、スポンサーやサポートドライバーの話もきます。そこまでに至る戦績や営業活動も必要になっていくわけで、技術的に優れているのは何よりも大切ですが、それ以外にも必要なことが実に多くあり、幅広い活動が必要とされる社会の縮図のような世界です。この半端ではなく多額の費用がかかるモータースポーツを『一生懸命』やった数年間、「当初の目標」に報われなかった(※2)としても決して無駄な時間を過ごしたことにはならないと思うし、社会の中で生きるとはどういうことかを体験できる精神的な価値の高い値打ちのある投資だと思います。
 最後に、この世の中誰しもが、ほとんどのことに対して全ての才能に見放されていると思う。なぜなら、そこらへんにいる人は、きっとなにをやらせても、たいしたことがないという人が大半だからだ。世の中の大半は、秀でたところなんかなにもない普通の人(人並み)だし、特に優れている点がある人など滅多にいない。
 努力せずに生まれつき優れているとか経済的にとても恵まれている人は、普通の一般人には期待できないものであり、所詮、手が届かぬ高嶺の花にすぎません。
 前述で記載したように、モータースポーツにかかる費用は半端でなく高額(※3)で、普通の人が継続して努力したくてもできないのがモータースポーツであり、今の時代、レンタルカート(心技体を伴う競技的な遊び)なら普通の社会人にも金銭的に無理なく継続して努力できるスポーツであると思います。
 人は、仕事やスポーツに限らず、とことんやることで進歩する生きものであり、努力によって成された結果や成果には特に感銘を受け、尊敬の念を抱かれます。
 以前、「ドライビングに天才はいない」と書きましたが、ドライビングに対し誰でもたいした才能はないことを充分認識したうえで、一年や二年で自分には向いていない、なんて甘ったれたことを言ってはいけない。自分の描いた目標に向かって、五年、十年、コケの一念で初志を貫き、情熱をもって自分自身が納得できるように一生懸命に練習に打込めば(経験値を積めば)個々の目標に到達することはできると思うし、そこから得られること(※4)もあると思います。 
※1 「遊び心」こそスポーツそのものと言え、スポーツという言葉は、古いフランス語のデスポールが英国に入ってディスポートになり、最後にスポーツと短縮されたのが語源。デスポールは、はしゃぐことから遊びや楽しみという意味。また、体育学の歴史からもスポーツの起源は遊びから始まったと紹介されている。
※2 レースに費やした数年間というのは、ある時点における一過性の関心事でしかない。だから、失敗したからといって絶対的な敗北だとは限らない。何故なら、失敗した人にしか味わうことのできない「屈辱感」を得られるからである。大切なのは、屈辱を感じつつもそれに耐え、その屈辱をバネとして、本当に自分が行わなくてはいけないことを一生懸命邁進し「強固な意志」を培うことが大事だからです。
※3 フォーミュラレース1台当たり年間にかかる費用
SFJ→300〜600万前後、FCJ→800〜1000万前後、F3→4000〜6000万前後(全てチーム体制にもよりますが、安く上げれば間違いなく、それなり程度です。)
※4 「きちんと努力できる人間かどうか」「情熱をもって自分の使命をまっとうできる人間になれるかどうか」ということ。
注
かつてのアイルトン・セナのボスであり、イギリスのF1コンストラクター、マクラーレン・レーシングの元チーム代表・総帥である完璧主義者ロン・デニス(マクラーレン・グループの会長)は、次のような趣旨の興味深い見解を述べている。「同じマシンをそのまま与えられたならシューマッハの方が速いかもしれないが、そのマシンにセッティングを加えたらセナの方が速いだろう」これはセナのセッティング能力や技術力の高さを如実に示しているもので、シューマッハよりセナの方が刃の研ぎ方が上手いことを述べている。 エンジニアと話し合うアイルトン・セナ。セナはすべてのコーナー、ポイントにおけるマシンの挙動を恐ろしいほど細かく伝えられる特異な能力を持ったドライバーだ。
2011.08.05.
効率のよい練習方法…
 モータースポーツを始めて、一番最初の衝撃が「ラップタイム」です。
 モータースポーツを始める人は、ドライビングに多少なりとも自信があり、自分は運転が上手いと思っていても、実際走り出せば、ラップタイムという明確な数字が示され、すぐに答えが出てしまう。空想の世界では済まされない現実を目の当たりにし、認識することから始まるのがスピード競技です。
 最初は、厳しい現実に直面しますが、実直に経験を積み、前向きに練習していれば必ず上手くなり速くもなっていきます。ただ、モータースポーツでつらいことは、練習に多額の費用が掛かり、多くの練習時間を取れないのが現実です。
 レースドライビングのトレーニングでは、多く走り経験値を積むことが非常に大切で、何も考えずに走っていても自然と上手くなるかもしれませんが、それでは時間もかかり、お金も貯まりません。
 競技車輛を乗り始めの頃は、ラップタイムは気にしないで、車輛に乗り慣れる事が重要で、これまで経験したことのない乗り物に、手足や身体を馴染ませることがとても大事だからです。
 競技車輛(カート等)は素晴らしく運動性のよい乗り物で、俊敏なコントロールを会得しなければ自在に滑らして走れるようにはなれません。できれば最初に当コースのような高速コースより、低速コースを使って練習する方をお勧めします。何故なら、低速コースはコーナリングスピードが低く、スピードという恐怖心を取り除くことができ、スピンしてもクラッシュしにくいからです。そこで綺麗に走ろうなどと思わず、思い切り振り回すくらいのつもりでドライビングすれば、車輛に自然と慣れ、上手に車を扱うことができるようになるからです。
 とにかく、最初のうちは、ラップタイムなどは、何の意味もないことを悟ってほしい。それよりは、いま目の前にある車をいかに扱えるようになるかが当面の課題にして練習してほしいのです。
 人間は何を目指すのかという、目的意識によってそのエネルギーの消費量が違ってきます。確かにタイムアップも重要(永遠の課題)ですが、ここでもう一度、客観的に自分の技量を見つめる態度が必要ではないかと思います。
 あと、ラップ数を多く重ねる事にタイムが向上しなくなる時があります。これは、身体の慣れによる学習機能の低下の問題で、自らが新しい課題を与えないかぎり、タイム(運転)の向上はあまり見られなくなります。
 競技車輛によるサーキット走行は、とても脳を使います。普段の街中の運転と違い、非常に速い状態での走行で色々な情報が身体に入ってくるので、新鮮な血液が常に脳に供給されることが必要なのですが、長時間ヘルメットを被っているおかげで血液中の酸素が欠乏しがちになります。この状態が長時間続くと、あまり通風のよくないヘルメットの中には自分で吐いた炭酸ガスが溜まり、新鮮な空気ではなくなり血液中の酸素量が減って脳の思考力低下をきたし、集中力を欠くことになります。
 だから、当コースでカートによるスポーツ走行は10周×何セットで休憩しながら練習するのが正解で、リズムが速すぎて処理しきれない情報を休憩時間で分析して、再びコースに入った時に、これまでと違って景色や視界がハッキリしたり、ベストタイムが出たりするのはその為です。
 カートからハコ車(N1車輛等)に乗り換えた時も同じ事が言え、カートで息をつぐ暇がない状態で運転している時より、ハコ車でのサーキット走行は(※@)息苦しいくなく新鮮な血液が常に脳に供給されているので、ヘルメットを被って運転していても快適に感じるのはその為です。
 それに、スポーツ走行を間隔を空け練習するのもタイムの向上につながります。
 スポーツ走行の時、リズムが速すぎて処理しきれない情報を休憩時間で分析する話をしましたが、もっと大きな振幅の情報が普段の生活の中で処理され技量が向上する場合があります。ただし、スポーツ走行の間隔が1ヶ月も離れてしまうと、この処理はスッカリ終わって、身体は忘れる方向にいきます。必ず週一回は走ることが望ましく、悪くても3週間以内のサイクルで走っていないと技量の向上のテンポは遅いようです。
 このように色々な取組み方がありますが、技量というものは、ある程度のレベルの人達になると、走行時間や走行距離に比例して向上するものではなく、情報処理という観点からみると、段階的に向上していくことが解ります。
 当コースでスポーツ走行をする場合、このことを頭に入れ、お財布にやさしく継続できる効率のよい練習(※A)を心掛けて取組んでくれることを望みます。
※@:ただし、ハコ車や4輪競技車のサーキット走行には、「次を読む」テクニックが必要で、人間の神経伝達速度は秒速50〜70メートルが限界であり、ハッと思った瞬間に反応しようとしても遅すぎクラッシュしてしまう。要するに経験のないドライバーは瞬時の車輛の挙動変化に反応することができないのはそのためです。ハコ車や競技車輛を扱う場合「先読みのテクニック」が重要になってきます。こういう状況なら、アクセルをこう踏めば、あるいはステアリングをこう切れば、車はこんな姿勢で、こんなふうに動くだろうと先を読む。車は慣性物体であるため、ある方向に勝手に動く時間が生じる。慣性力は速度の二乗倍で計算され、速度が高いほうがやっかいな問題となり操作に影響します。操作が遅れるほど慣性力は増幅しコントロールできない状態になる。だから先読みの誤差をオンタイム(タイムラグをゼロ)近づける操作が重要になり、そのため過去の経験や情報を推察して運転し、次はこうなるだろうという予測をしながら操作することが重要になります。以前お話した富士チャンピオンレースで5回チャンピオンを獲得し6回目のチャンピオンの獲得を目指し参戦している八田新一選手のように1.1dもあるレース車輛を時速200`以上のスピードで自在にコントロールするには高い先読みの「経験値」があるからできるのです。技量上達のトレーニングとは、簡単にまとめてしまうと「練習」=「予測の為のデーター収集」となります。
※A:ドライバーに必要なトレーニングは、身体をつくり、人よりも努力するという「情熱」。車はどのように走るかという「知識」。タイヤの運動性を身体で感じて論理的に理解できる「理論的勉強」。それにGのかかった状態で脳の能力は低下するのを妨げるトレーニング「Gに慣れるトレーニング」が必要です。最後の「Gに慣れるトレーニング」は、Gのかかった乗り物(カートやレーシングカー等)に乗ってトレーニングし経験するしか方法はありません。
2011.07.24
「本質は・・・」
 当施設は、ゴルフ場、パークゴルフ場(船橋・八千代)、カート場の4つの施設を運営し成り立っています。
 どれも有料サービス業なのですが、カート場に関しては「大人の遊び場」であり、基本的に子供は御法度でもあります。
 当カート場の基本コンセプトは、社会で労働し、労働者が労働で得た収入を自分自身に対しての投資(ご褒美的な気持ち)で利用して頂くことが一番の目的です。ただ、遊びにも様々な種類のスポーツがありますが、モータースポーツほど費用が掛かるスポーツは無いです。
 何故、様々なスポーツがあるのに「モータースポーツ」を選ぶのか疑問に感じることがあります。
 安全なスポーツ(テニス・ゴルフ等)は多々ありますが、モータースポーツを選んでする人達には様々な共通点があり、色々調べると興味深い内容が解ってきたわけですが…
 イギリスの精神分析学者ピーター・フラーは、次のように学説しています。モータースポーツを実戦する人達の共通点は「完全無欠な能力と現実にはないことを心に思い描き、それを追求する利己主義者」であり「母の身体の曲線をもつサーキットを、父親の性器の形をしたレーシングマシンに乗って走る精神不安定な少年達」と規定しており「競技車輛によってのコーナリングは母親との性交を、クラッシュによる恐怖は父親(男根の象徴)による去勢(※1)の恐怖」をそれぞれ意味しレースの勝者による伝統のシャンパンシャワーは「射精」のシンボルになるそうです。そして、レースとは去勢への不安と、父親に対する反抗心に突き動かされた(動機づけ(※2)られた)強迫神経の産物であると結論づけています。
 これを読んでいて「なるほどな。」と思いました。何故なら、自分もコース図を引いている時、不思議に思ったのですが、だんだん丸みを帯びてきて自然と女性の身体のライン(掴みどころのない美しいライン)になっていったからです。 競技車輛(レーシングカー)やシャンパンファイトについても一理あると感じました。
 当コースに来場されるお客様は、練習熱心で感心します。広告の効果もあると思いますが、月一回の競技で成績を上げる(守る)為に多くのラップ数を重ねる人達や自分自身の運転に納得出来るまで(理想の追求)練習に明け暮れる人もいます。以前、「負けず嫌いで情熱があれば誰もが運転の上達ができる。」と記載しましたが、それをお客様に実戦して頂けることは、とても有難いことですし感謝しております。
 ただ、モータースポーツには強い中毒性があることも忘れてはいけません。何故なら、人間の高揚感を満たし、この世にふたつとない興奮を味わえる危険と隣り合わせのスポーツであり、その緊張感を楽しみ、それと同時に非常に張り詰めた中で、あらゆる種類の快感に変化したストレスがアドレナリン腺を刺激し分泌される「キックドライブホルモン」によって誘発され中毒になっていくからです。ある意味でゴルフも同じですが…(笑)
 モータースポーツの場を提供していて自分にとって一番興味深い時があります。それはレース終了後の表彰の時です。何時も表彰の時、ある映画のことを想い出すのですが、そのある映画とは、「羊たちの沈黙」です。
 人食い精神科医ハンニバル・レクターとFBI訓練生クラリスとの「子羊の悲鳴」のシーンで、このような言葉のやり取りがおこなわれています。
レクター博士:「根本に目を向けろ。答えは簡単さ。アウレリウスの哲学書を読め。物事の本質を探れと書いてある。諸君が求めている男は何をしている。」
クラリス:「女を殺している。」
レクター博士:「違う。それは二次的な事だ。本質は何だ。彼を殺しに駆り立てるものは?」
クラリス:「怒りか、社会の冷たい仕打ちか、性の抑圧…」
レクター博士:「違う。極度の切望だ。それが本質だ。切望の始まりは?まず、欲しいものを探す?質問に答えろ。」
クラリス:「つまり…」
レクター博士:「毎日、見てる物を欲しがる事からはじまる。君のからだも多くの目にさらされている。いつも目が自然に何かを追い求めている。」
 この会話のやり取りの中で製作者が訴えたかったことは、「見てる物を欲しがる事からはじまる『極度の切望』」に他ならないからです。
 私が何時も見ているのは、表彰されている人ではなく、表彰されなかった人達の目を見ています。表彰されなかったドライバーの心理は目の中に隠されているからです。目は他のどこよりも表情の表れる場所であり、目だけは隠せません。モーメント・オブ・トゥール(真実の瞬間)は目の中にあるからです。
 レースに取組む人は、とても負けず嫌いの人です。「自分が駄目だった」ということは致命傷になり、自我の崩壊につながります。だから練習に励むわけで、ドライバー(追求者)は次の競技に備えて自分の「切望」の為に努力し、鍛錬に鍛錬を重ねるわけです。また、その取組む姿勢に共感しています。

 当施設は、このような方々や一般走行されている人達に対しても多く経験値が積めるように出来るだけ努力し、安全でより良い空間を提供できるように心掛けたいと思っております。
(※1)動物の雄や人間の男子から精巣を取り除くか、その機能をなくすこと。
(※2)ラウダ、プロスト、セナに「勝つために必要なものは何か」と質問すると毎回のように必ず「動機づけ」と答える。
ちなみに「動機づけ」とは、行動を生じる内的機制について用いられる術語。動機づけは生理的要求から複雑な社会的要求に至るまで広くいわれ、その意味もどのような要求についてかで異なっている。あれが欲しい、そこに行きたい、その人に会いたい、その地位につきたいという数々の意図・目標をもった動機づけが日常行動を生じさせているが、動機づけは経験に基づいた予想・計画と結び付いて実行される。実行の結果が積極的結果をもたらせば、このような計画に従った行動が維持され、消極的結果をもたらせば変更される。動機づけは計画と実行との橋渡しをする機構でもある。
2011.06.10
「自分の言葉で・・・」
 ちょっと前の話ですが、私が10年前にサポートしたドライバー(樋口統也選手)が家族連れで遊びに?確認しに?来てくれました。
 最初、徒歩でコースを一周したあと当施設のカートで15周(5周×3)走って頂き、コースと施設に関しては『素晴らしい。想像より3倍以上イイ!!』と褒めて頂いたのですが、レンタル車輛についてはかなり厳しい答えが返ってきました。ただ、あくまでもYZ125やチューニングカートと比べての話です。樋口選手の『レーシングの定義』から見たらレンタルカートは玩具だったかもしれません…
 樋口選手の滞在時間は短かったのですが従業員に与えたインパクトはかなりもの!現役を引退して3〜4年が経ちましたが、いまだに眼光鋭く「強い」印象を受けました。
 マネジャーに「今度、NEOのスプリントでも参戦してもらうかな?」と話をしたところ「イヤ!なんか…なんか違うよね…何か起こりそう (-_-;) 」その通り(笑)私の中で彼は『別物』である。
 さて、私は1998年終わりから2001年中頃まで樋口選手のスポンサーを含めサポートしていたわけですが、99年にF4でチャンピオンを獲得。(私所有のN1車輛で何度も入賞。)2000年から全日本F3に参戦することが決まり、F3のトレーニングの一環としてレーシングカート(YZ125)を購入(N1車輛売却)し那須モータースポーツランドで真冬の1月から練習を始め、乗り始めの最初の一言が「ロードスター(N1)より100倍疲れる。これいい練習になるよ。」と言ったことを今でも覚えています。それからは毎月3回〜4回片道150キロ離れた那須まで通い練習に明け暮れ、3ケ月もすると何十周もレコードラップで周回できるようになり片手でカートを振り回して運転できるまで成長していました。
 その年は、F3選手権と並行してYZ125のレースを参戦し、各カートコースの猛者達(※1)と熾烈な競争をしたのですが、99年富士チャンピオンレース参戦時と同じように『樋口には絶対負けない!』と本気になって勝負してくれたので、とても充実したシーズンを送れました。
 ただ、2000年シーズン後半あたりから樋口選手がカートで「タイヤの荷重移動」を意識しはじめ、F3と比較してステアリングを切り始めたら荷重はどうだ、Gのかかった状態でアクセルを踏み始めたら荷重はどうだと絶えずタイヤの状態を意識して乗るようになり、この時点で私の仕事は終わったなと思いました。何故なら私には樋口選手の言っていることがとても理解できなかったからです。練習用の擬似的な乗り物(カート)でも、カーボンモノコックを理解したドライバーには物理と数学に強いエンジニアでないと無理だと感しました。
 次の年、何戦かF3参戦にはサポートし(もう少しまともな体制でレースできればよかったのですが…)樋口選手が神戸のテクノ・ファーストに移籍して私のレース活動は終わったわけですが、樋口選手が「スポーツ」から「労働」(※2)に移る節目の時期に私は関わっていたのではないかなと思います。
 以前、TBSの音楽番組でベテラン・アーティストがこのようなコメントを話していました。
 「アマチュアの頃は、洋楽のコピーを上手にやるほどウケました。でもプロと呼ばれるようになってからは一向にウケませんでした。どんなにソックリにやっても駄目です。皆が自分の言葉で自分の歌で歌う時代がそこまで来ていました。歌う方も聞く側も感情移入できる歌を求めていたのです。」
 このコメントを聞いたときアマチュアとプロフェショナルの違いを感じたわけですが、競技車輛の上で自分の感じたことを主張したいのであれば、自分で努力し自分の言葉で表現しないと、とても相手には伝わらないし、納得させることも出来ません。
 樋口選手はドライバーにもっとも必要なインスピレーションを持ち合わせており、競技車輛の状態を『自分の言葉』で説明し、ベストな車輛に方向性を持っていく独特な力強さを持っていました。
 樋口選手も見てるとレーシングドライバーとは、ある意味アーティストなのかもしれません。 
 最後に今後のネオ・スピードパークの課題ですが、基本的にレーシングカートや競技車輛に乗っても早く走れて順応できるドライバーを育てられる施設ができればと思っております。それに「レンタルカートだけ」で通用する独特なテクニックを身に付けさせない方向でも考えています。
 これからも「誰もが納得できる運転をするドライバー」が育つコースを目指して頑張って運営していきたいと思います。

1999年・鈴鹿日本一決定戦・予選15位・決勝は一時トップを走るも3位で終わる。ちなみに八田選手は4位でした。富士チャンピオンレースは4戦中・入賞3回(3位2回4位1回)でした。 N2ミニ3時間耐久は99年シリーズ4位(優勝1回)2000年はシリーズチャンピオン 全日本F3選手権(2000年5戦・参戦) 主に那須とフェスティカで練習と参戦(優勝・入賞多数)第6回ミッションカート全国大会(スポーツランド菅生)予選・決勝2位 全日本F3選手権(2001年3戦・参戦)
マウス・ポインターを写真の上に当てると説明が浮かび上がります。
(※1) 2000年の各サーキットの猛者達 ◎那須モータスポーツランド:加藤真選手(現在:レーシングサービス エッフェガーラ代表)  ◎フェスティカ:鋪野政己選手 ◎新東京サーキット:伊藤隆広選手(現在:ハーバーサーキット代表)
(※2)スポーツとは「スポーツをやりたいからやる」という自由意志でおこなわれる行為で、やりたくなくても やらざるを得ない行為(「強制されている」と感じること)が「労働(仕事)」である。
2011.05.22
NEO SPEED PARKを造る上で参考にしたサーキット。
 当施設を造るにあたって、参考にしたサーキットが山梨県韮崎市にある「スポーツランドやまなし」です。
 以前からここのサーキットの空間や独特のコースレイアウトが気になっており当施設を造る上でとても参考にさせて頂きました。(マネージャーも何度か研修に行きましたね。)
 コースレイアウトは、とてもアップダウンが激しく上がりが終わると下りの急勾配になる、なんともスリリングなコースです。最終の高速下りコーナーなどは本当に「危機への接近」そのものです(笑)

 私は25年前からSLY(スポーツランドやまなし)に対して感じていたことなのですが、サーキットなのに妙に落着く空間で自分が若い時、それが一体何なのか解らなかったのですが、今になって考えてみると「独特な温もり」と「癒し」だと気づきました。上手く言葉で表現できませんが、その土地の風情とか人柄とか色々なものが交わった特別な空気ではないかなと思います。多分、この独特な雰囲気がこのサーキットの「売り」なのかもしれません。
 モータースポーツをする上で排気ガスとオイル臭さは切り離せませんが、SLYはそのような物を払拭する何か特別なものを強く感じます。

 当施設はSLYとは違い都心近郊に位置し、このSLYならではの特有な空気は造れませんが、なんとか似せた心地よさで付加価値を高めたいと思っています。
 ただ、付加価値を高める作業とはとても大変で「シンプル・イズ・ベスト」ではなく「シンプル・イズ・ワースト」を目指さなくてはいけません。
 ようするに効率性を下げる作業が重要な訳で、そこをつくりこんでいかないと、お金はいただけない。何故なら今のお客様は付加価値の高いものに対しては喜んでお金を払われるが、そうでないものにはまったく払いませんという世界だからです。
 コースや車輛のメンテナンスにしても非常に重要で、良い施設と悪い施設の違いは一つしかない。メンテナンスができているかどうかの違いがこの二つを分ける。
 メンテナンスは小さい事柄の積み重ね!小さい事柄ほど人は忘れやすい。理想を追求する上で、何度でも言い続けることがメンテナンスなんだと私は日頃から感じます。

 当施設はSLYのように独特な空気を醸し出すことはできませんが、常にメンテナンスを心掛けSLYに負けない独特な心地よい空間を造っていくように努力したいと思います。
2011.05.19
今度のREV SPEED!(2011.5.26)
5月26日に発売される「REV SPEED」の広告文章を自分なりに考えたのですが、やたら長くなってしまった…
本当はもっと長い文章だったのですが、広告に入らないのでなんとか上手に?まとめたつもりです。
当施設を利用するにあたり、どのようにドライバーが楽しんでいただきたいか要点をまとめたのですが、果たして購入者に読んでいただけるだろうか?
当施設のコンセプトは「サーキットで車を走らせるのは大変お金が掛かるから競技車輛をレンタルしてドライビングの経験値を多く積みましょう。」である。
初心者向きの施設ではないですが、4輪でサーキット走行をしている方々には、良いトレーニングになるようにコースとレンタル車輛も提供が出来ているレベルではないかと思う。

そして最終テスターが今週末ついに来ますが、そのドライバーの評価が楽しみでもあり不安でもあります。
最終テスターのドライバーは、今でも私の中で『最強の硬派的ドライバー(※)』なのだ。

もし、余裕があれば5月26日発売の「REV SPEED」を書店等で購入してみて下さい。
硬派的ドライバー(※) 以前にも書きましたが、競技車輛を扱うのに、そのメカニズムがどのように微妙に作動しているのか、また、どうなっているのかという知識(経験)を持っているドライバーのこと。
軟派的ドライバー これも以前に書きましたが、車のいい相棒になれない機械音痴の人(クルマに特別な感情を持っていない人)こと。クルマのことなんか何も知らない。ただクルマに乗り込んで、ケツだけで運転しているだけの人のことです。
2011.04.24
ネオ・スピードパークのBGM
ネオ・スピードパークのBGMですが、少しBGMの内容を変更しました。
以前は「ジャズピアノ」と夕方から「ジャズボーカル」を提供していましたが、これから日中は軽快なフュージョン系のジャズナンバーやボサノバと夕方からはスローテンポなジャズボーカルを提供していくことにしました。

音楽は、直接お客さまの心に響くサービスで、最も効果的なストレス解消となります。また、音楽の無い空間はクレームが増え、お客様の気分は一気に下降します。逆に音楽の質を高くすればクレームは減り、気分は上昇する傾向があります。できれば待ち時間等のクレームを減らしたいので、BGMを適当に選んで適当な音量でかけたり、空間のイメージも考慮せず働く者の好みに偏った音楽をかける空間も好まれません。
普通、BGMのような直接数字に表れにくいサービスにはお金をかけたがらないものですが、当施設は付加価値サービス業であると思って運営をおこなっているので、有線2台、タイマー3台購入して営業しています。

昼間〜夕方にかけての営業時間中は、どうしても少し疲れが出てくる時間帯なので、元気になるような少しアップテンポのボサノバやシネ・ジャズ、スキャット、メロウ・グルーヴなどを含めた音楽を提供し、夕方からはネオ・スピードパーク独特の照明やコースの雰囲気に合った「ジャスボーカル」のスタンダードナンバーやくつろぎながら楽しめるバラードナンバーを提供しております。
ここ数日、スタッフに感想を聞いてみたのですが、評価は上々でした。
当施設としては、このBGMがお客様に対し最も効果的なストレス解消になり心地よく五感を刺激し居心地のよい空間に感じてくれれば有難いと思っております。

レーシング・メカニック
ネオ・スピードパークは、独特な高速コースレイアウトとそのコースの特徴にあった中〜上級者(初級者?)でも楽しめるレンタル車輛を提供しているところが「売り」です。
高速コース?大げさに言うと「危険への接近」です(笑)
当コースのような高速コースでしか得られない魅力とは、コーナーが近づくたびにブレーキングをどれだけ遅らせるか、回れるか回りきれないかのギリギリで走るという怖さと戦って、自己の恐怖心を克服した時に得られる快感にあります。
また「低速コースのつまらなさ」というのは、実はそうした恐怖を味わえないところにある訳ですが・・・

NSPはコースレイアウトが独特な為、レンタル車輛もそれに合わせて改良していかなくてはなりません。
私は、提供している施設に対してこだわってしまう面があるので、今提供している車輛には納得できず、NSPのオープン前後にお世話になったメカニックに戻って頂き、今まで至らなかった面を修復及び改善することにしました。
彼は、競技車輛しかいじった事のない「レーシング・メカニック」です。工学部出身だけありエンジニアとして必要な物理と数学に強く、ガレージ内は常に整理・整頓され、仕事の段取りと車輛を組み立てがとても論理的です。
今までのレンタル車輛の大半は、彼が方向性やパーツを決めNSPのN35仕様にしました。NSPの車輛が4輪の動き(レーシング)に近いのはその為です。
最近、レース参加者や会員さんも増え、取り組む方々が本格的になってきたのでNSPとしては長年レース実績がある方に加わって頂き、メンテナンスに手間をかけ細かく管理していくことにしました。

「隠すことは百害あって一利なし」このような姿勢がないと、成長や発展は約束されないと考えたからです。

ただ、どうしても車輛の方向性が四輪傾向になってしまうんだよねぇ・・・
何時も整理・整頓の行届いた綺麗なガレージを心掛けています。
NSPのガレージ内
たった3ケ月の留守でこんなになるとは・・・やることが沢山あって大変だ(涙)
細かいトルクチェック
ネジをなめたり、適当なネジでボルト止めしないように指導しています。
見習いさんに指導中!
2011.04.10
NSPの受付で販売している昔の書籍@
ネオ・スピードパークで販売している書籍(中古)で、一番人気がない書籍がアラン・プロスト/ピエール・ルーロス共著 田村修一訳の「F1グランプリの駆け引き」です。

この豪勢な銀色のケースに包まれた書籍の内容を簡単に説明すると、「フォーミュラ・ワンの世界のもっとも深奥で、知られていない部分」をアラン・プロスト自身が仕事の内容を語り下ろしたのがこの本書。
この本書は4章にわかれており、ドライビング・テクニック、マシン・セッティング、レースの駆け引き、そして頂点を目指すドライバーの心構えが語られています。
簡単に言ってしまうと、この本はレーシング・ドラーバー向けの究極のお仕事マニァル本で、レーシングカーは所有していなくても、ドライバー、チーム関係者、ドライバー志望の方、レース関係就職志望者などにとって珍重すべき実用書であり面白い読み物でもあるのです。
最初に基本的な理論と解説があり、そのあとに実戦でプロストが行っている方法論が豊富な図解を使って説明されており、この書籍は、あまたのドラ・テク本とは一線を画すドライビングの翻訳書(解体新書)という意味でNSPでは販売しております。

この書籍に興味のある方は、NSPの受付にて閲覧もでき、1冊300円(中古)で販売しておりますのでより深くレースやドライビングを楽しみたい方は御購入をお勧めします。

2011.03.27
ネオ・スピードパークの一番気遣っていること。
オープン以来、ネオ・スピードパークで一番気遣っていることは、何に対しても人の手を加えて生きた空間になる施設をたえず意識して営業していることです。

受付兼休憩室の作りは、確かに立派ではありませんが、何気ないところで人手を加えるようにしています。
当たり前の話ですが、当コースのスタッフは毎日大清掃のつもりで清掃するように指導しており、電球一つにも埃がかからないように注意し、埃一つでお客様の心情を悪くしないように心掛けて取組むようにしています。
別に自分の家では電球の上に埃が被っていても、何の問題もありませんが、施設内ではこれが命取りです。
人というのは優秀な生き物で、目に見えないところに埃がある場所にいるだけで、この施設はその程度のレベルだと何となくわかってしまうものなので、目に見えない部分もお客様のものであると認識し取組んでいます。
どんなにハード(施設)は立派でも、ソフト(メンテナンス等)が欠けていては意味が無いからです。
それに、レンタル車輛に関しても同じことがいえ、車輛は表面的には綺麗に磨かれていてもアライメントが狂っていては意味が無いし、オイルやベアリング等がへたっていてもなんの意味もありません。また、レンタル車輛一台一台に個体差があってもいけません。
コースに関しても草が伸び放題で落ち葉やタイヤカスだらけでは、とても有料サービス業とはいえません。
清潔感というものは、裏を磨くことによって輝きが増すものだと日頃の業務から感じます。
当施設の売りは、こうした一つひとつの綿密な努力(目に見えない部分に力を与えること)によって成り立たせ、このような小さな付加価値を増幅させていくことが重要だと考えています。
冷静に判断する消費者が増えてきた今のこのご時世、お金の価値は非常に高いと意識し、細心の注意と配慮をしてこれからも当施設は品質の高い空間をリズナーブルな金額で提供できるように心掛けたいと思います。

2011.02.26
ドライバーに必要な知識
当コースのレンタル車輛は、基本的にメカニック担当者が自分で車輛を確認し仕上げている訳ですが、NSPのレンタル車輛のセットの方向性(最終確認)は、4輪のエンジニアとドライバーが方向性を決めています。

本来、ドライバーは車輛を速く走らせる為の操縦をする人を意味し、尚且つ車輛を速く走るように仕上げるのもドライバーの役目。
私の経験上、優秀なドライバーほど競技車輛を扱うのに、そのメカニズムがどのように微妙に作動しているのか、また、どうなっているのかという知識(経験)を持っています。
競技車輛(レーシング車輛)の経験がある人にレンタル車輛をテストをして頂いて、つけるポイント(基準)の上手さに驚かされる事が、多々あります。

ただ、前記のような機械に詳しい硬派的なドライバーもいれば、その逆の軟派的なドライバーもいます。
軟派的ドライバーつまり車のいい相棒になれない機械音痴の人(クルマに特別な感情を持っていない人)ことです。簡単に言うとクルマのことなんか何も知らない。ただクルマに乗り込んで、ケツだけで運転しているだけの人です。
競技の世界では、臨機応変で柔軟な判断や、人との交際、ギャンブル的な部分も勝負をかける上では必要となり、硬軟両面を併せ持つことが必要なわけですが、車輛開発においては、硬派的なドライバーの方が私はとても仕事がやりやすいです。

経営してみて気付いたのですが、レンタルカートを運転する上での良い部分は、少ないコストで走りの経験値を沢山積めることですが、逆に良くない面は、車輛に対して最低限メカニックと、まともに会話ができる程度の知識が得られないことです。
実は、私の知るレースでは、ドライバーが「最低限メカニックと、まともに会話ができる程度の知識」が最も重要で、車輛を設計するほどの知識は必要はないですが、ドライバーとして車輛に対する知識がある方が重要視(重宝される)されます。
競技の世界では、裏付けの無い速さだけでは通用しないのが一般論!「似非・まやかし」は駄目です。

もし、人一倍向上心があり、車輛に対しての知識が得たいのであれば、自分で車輛や工具類を購入しトランスポーターに積んでサーキットに行き自分でメンテナンスしながら経験を積む事を進めします。また、それがドライバーの為だと思います。
そのような過程を自力で踏まなければ、残念ながら人には認められない(周りが納得しない)と感じます。

12〜13年前、私がサポート(スポンサー)したドライバーは、とても優秀でした。競技車輛を開発する上で、彼からはとても沢山の情報を得ることができたし、競技車輛の製作、物事の仕組みやチューナー等の段取り人間関係まで多くを経験でき学ぶことができました。今になって思うと2年半の間、サポート(スポンサー)で1千万前後のお金を彼に対し投資(競技車輛も含む)しましたが、彼を通して、お金では買えないそれ以上の経験を十分に積めたと私は思います。

最後に「ドライバーの腕」とは、単にコース上を速く走るだけではなく『車輛をベストに仕上げることまでを含めての腕』ということになるのでは…?と感じる事があったので今回はこのような文章を書かせて頂きました。

ネオ・スピードパークの車輛は、本当の『レーシング』を理解しているドライバーが乗っても楽しめる(満足出来る)車輛をお客様に提供出来るように心掛けていますので、もしよければbirel N35-X NSP-tuneをご来場の際はお楽しみ下さい。
第6回ミッションカート全国大会(スポーツランド菅生)予選・決勝2位でした。 1999年・鈴鹿日本一決定戦・予選15位・決勝は一時トップを走るも3位で終わる。ちなみに八田選手は4位でした。 全日本F3選手権(2000年5戦・2001年3戦・参戦)
マウス・ポインターを写真の上に当てると説明が浮かび上がります。
2011.02.04 NEO Speed Cup 第1戦
 先月末、NSP CUP第1戦がおこなわれ、NSPマスターも含む上位陣 vs「富士から来た男」のなかなか緊張感があり見応えあるレースで観衆を沸かせました。

 このレースの面白かったところは、FSWの八田選手がNSPマスター小森選手にどう挑むかが、一番のポイントでした。ただ、八田選手は富士で育った5回のチャンプに輝く百戦錬磨の現役選手!受けて立つ小森選手は『鍛錬』その言葉に尽きる常連達の手本となる選手!
 レースはただ『速い』だけでは勝てない『強い』奴が勝つ競技。
 八田選手は練習でとても小森選手に太刀打ち出来ないのを察し、大好きなお酒を禁酒し50k前後まで自分の体重を短期間で落とし、この日に備えたそうです。
 何故なら八田選手は長いキャリアの中で、軽いということが加速・旋回・減速の全てに有効で最も重要なひとつであることが十分解っていたからです。 その甲斐もあり、他の人には見えない努力の部分で、予選グリッドまではトップでした。
 ただ、八田選手にはカートの『経験値』が小森選手より劣っていたのは明らかで、最終的には小森選手に負けてしまいますが、八田選手は小森選手に対しなかなか工夫(策を練って)して挑んだなと感じたレースでした。
 最後に、NSP CUPはJAF戦でもカートの公式戦でもありません。
 ただ、このような当社主催のレースでも成果を上げるには、スポーツとしての枠を超え競技者としての努力が必要であり、技量のみに留まらず、頑張れば頑張るほどそのフィードバックは大きいと思えたスプリントレースでした。

 優勝された小森選手、まだまだシリーズは長いですが、本当に『おめでとうございます。』

 あと、次回のNSP CUPも宜しくお願い致します。(スタッフ一同)



(※)八田選手は今回のみスポット参戦です。
2011.01.15 2月1日発売 『CAR GRAPHIC』600号の広告。
2月1日発売の「CAR GRAPHIC」600号にNEO Speed Parkの広告を掲載することにしました。
CAR GRAPHIC600号記念ということで、掲載することにしたわけですが、文章は自分なりに一捻りしました。
内容はというと…


スポーツ・カートで『走りの経験値』を積め!

「ドライビングに天才はいない」ドライビングに必要なのは的確な予測(先読み)、認知、判断、操作を繰返し行うことである。
経験を積んだドライバーこそ、身体全体で情報(予測、認知、判断、操作)を高い次元で得ることができる。
的確な予測(先読み)のトレーニングは理屈を知ること。
ドライビング上達の目安は、同一コースを500周走れば 「それなりの程度」になり1000周走れば「上手い!」になる。
ただ、四輪でのサーキット走行には時間とお金がかかる。
それを少ないコストとリスクで予測、認知、判断、操作に磨きをかけられ、且つ走りに対する高いイメージと経験値を高める事ができる手段がネオ・スピードパークでのスポーツ・カート走行です。
ドライビングを向上されたい方、モータースポーツを楽しむ方はもちろん、日常の運転テクニックにも差が出るスポーツカートでのドライビングをお楽しみ下さい。


なんて4輪ドライバーに当施設の「売り」を色々自分なりに考えて掲載することにしました。
ただ、ニキ・ラウダやセナ・プロも含め偉大なドライバーの合一した意見「経験は学ぶことはできない。得るだけだ。」を上手く取り入れたかったのですが、どうも趣旨がチョト違うと感じたので止めました。(笑)
もし、余裕があれば書店等で購入してみて下さい。

広告の文面を簡単にまとめると「負けず嫌いで情熱があれば誰もが運転の上達ができる。」ということです。
2010.12.14
四輪ドライバーがレーシングカートに乗って得られるメリット!
以前、「F1倶楽部」(通刊23号)という雑誌で、片山右京選手のインタビュー(「教科書が教えてくれないドライビング」の「少年よカートに乗れ!」)を読んでいて感じた事なのですが、F1参戦後、カートに乗り始めたという片山選手は、シーズン・オフの時、専用トレーラーにカートを積み、全国各地のカートコース巡り、あらゆる理想のラインを探っていたそうです。
(1日5時間、200ラップすることはザラ!)
その記事の中で片山選手はカートに乗って得られるメリットをコメントしています。

@走りの経験値が少ないコストで得られる。
A物事に対する解析力を高める。
B自分の感覚に磨きを掛ける。
C走りに対するイメージと経験値を高める。


「タイヤ圧はどうするかとか、そういうデータ的なことは他人に教わっていい。でも、走りは指導を受けずに自分の感覚に磨きを掛けた方がいい」

等です。確かに四輪でサーキットを走る(経験値を積む)のも大事ですが、カートだと少ないコストで走りの経験値を積めるメリットがあります。
四輪は練習走行やクラッシュすると、とても御財布に厳しいので、少ないコストで経験が積め無理が出来るカートをお勧めします。

F1倶楽部 通刊23号
2010.12.12
オープンしてから3ケ月!オープン前の画像をアップしてみました。
構想から2年(本当は6年…)工事着工から1年(実は2年)が経ったので、オープン前の画像をアップすることにしました。

当初は船橋の鈴身町に建設中でしたが、行政と地主の様々な問題で工事が中断になり、当社は、工事中断から中止迄、とても憂鬱な日々を半年以上も過ごしていた訳ですが、そう言った事もいっていられず、物事は前に進めなければと思い、もう一度、発想と構想を練り直し、新たに工事を始める事ができた訳ですが・・・

最初に、樹木山林の地形を見たときこれは無理かな?と思ったのが自分や周囲の本音で、当社のスタッフ達で、千本近くの竹と百本以上の木を伐採し、ドドメを造り土を移動し土盛りをして地形を整えていきました。
ただ、その間、辞めていった人もいれば、新たに入社して工事に携わった人もいました。

工事中、思ったのですが、物を造り上げる作業は、とてもアーティスト的センスがいるのだなとつくづく感じるのがこの時期で、私がコース設計をしている時、4輪レースで活躍した方々の意見と工事業者の意見を聞きながら図面をひく作業は、とても苦労しました。(-_-;)
何故なら、コース全てをイメージしなければならなかったからです。
「鈴鹿をイメージしろ!」と言われてもねぇ……
ただ、知り合いのドライバー達ならでは発想と工事業者の工夫で、とても斬新なコース図が出来たことを誇りに思っております。
(黒澤元治の著書「ドライビング・メカニズム」と畑川治著書「実践的フォーミュラレース入門」は、とてもコース設計するにあたり参考になり、この2冊にはコース設計をイメージする上で助けられました。)

そして、工事業者のおかげで、正確に測量された土壌と地形ができ、採石を敷き詰め、アスファルトを敷いた訳ですが、アスファルトを敷いた瞬間、とても安心したことを覚えています。

ただ、それから以降も付帯設備を整える作業や、社員を研修に行かせレース場で働ける社員を作り上げるのは、とても大変で、オープンまで、全く休まる気がしませんでした。
(協力して頂いたサーキット施設さま。上手く感謝の気持ちを表す事が出来ませんが、本当に有難う御座います。)

ですが、何とか9月オープンまでこぎ着けましたが、私もスタッフも含め、とても両手を上げて喜べない不安な船出でした。

しかし、オープンして3ケ月、最近は少し運行面で安心できるようになってきたかな…と思います。

最後に、ネオという言葉は、ネオスの略語で「新しい、斬新な」という意味です。
当社は、当社で運営している付帯施設と同じように、綺麗で、手間を賭けた不効率なサービスを心掛け、お客様の満足して頂けるような施設運営を心掛けたいと思います。

2010.10.27 10月24日に開催された模擬レースの結果

10月24日のレセプションでネオ・スピードカップ(模擬レース)がおこなわれました。コースはシケインを使わず、ショートカットでおこない、有能なドライバーを集めた初めてのスプリント・レースをおこなった訳ですが、周りの予想に反し、優勝は八田選手、2位はボッコ選手、3位は優勝候補の富澤選手が入賞されました。
「現役強し!」優勝した八田選手のコメント「僕とボッコ選手は練習走行時間に誰よりも多くコースを周回し(ボッコ選手は前日も!)コース攻略を考えた。これだけのドライバーの中で優勝出来たのは、とても嬉しい。模擬レースとはいえ、真面目に取組んだ結果だね。たとえ何であれ勝負事は勝たないと!」

さて、今回のレースには、現役ドライバーは4人。ただ、色々な諸事情でレースを止めなければならなくなった人達もいます。
レースをするのが飽きたから離れた人は一人もいません。レースを止めるというより、止めざるを得ない状況で離れたというのが正解かもしれません。
こうした割り切れない状態を、どこで割り切るかがレースを止める時の要点になると感じます。

今回、優勝した八田選手は、普段、レースを続けるか止めるか決断に迫られながら、「レースは勝つためのものであるが、やり続けるのもレース」という考えで、どのカテゴリーでも構わず乗れる車を探し、選手としてレースフィールドに居続けレースを止めない選手。レースを続けられている八田選手にこれからどのようなチャンスが巡ってくるか解りませんが、自分を信じ、経験を積み、運転の幅を広げ、これからも頑張って下さい。

不死鳥のよな八田新一選手、模擬レースとはいえ「本当に優勝おめでとう御座います。」