F・デュフォレ博士が語る「F1ドライバーの肉体の秘密」 シングルシーター・レーシングカーのドライバーに関する医学的研究

凄まじいGフォースに耐えながらマシンを操るF1ドライバー。彼らの肉体は明らかに「特別なもの」であるはずだ。その秘密はフランスのローヌ・プーランに属するフィットネス・アドバイザー、フランソワ・デュフォレ博士がいちばんよく知っている。今シーズンもアラン・プロストや片山右京など10人の面倒を見ている博士の話と、ローヌ・プーランの研究資料をもとに、F1ドライバーの肉体の秘密に迫る。

 私たち普通のドライバーは、クルマを運転するのにわざわざ筋力トレーニングをしたり、栄養に気を遣ったりはしない。普通のクルマはたとえ少々飛ばしても、普通の肉体でドライブすることができる。
 しかし、レースが仕事で、それも運転するのがF1マシンとなると話はまったく違ってくる。クルマに見合った強靭な肉体を持っていないと、速く走るどころかゴールまでたどり着くことさえ困難だ。
 F1ドライバーの肉体は、強度の緊張とひどい暑さが続くなか、凄まじいGフォースに負けることなく、腕や足を忙しく動かせるように鍛え上げられる。それは、戦闘機のパイロットとマラソン・ランナーの肉体をミックスしたようなもの、といえるかもしれない。

◆Gフォースに耐える筋力
首・腹筋・前腕がとくに重要だ


 F1ドライバーの肉体と聞いて、多くの人はすぐにアラン・プロストの首を思い浮かべることだろう。
 それはとても的確な発想だ。なぜなら、F1ドライバーにとってもっとも重要な筋力は、あらゆる角度からかかる凄まじいGフォースに耐える、首の力なのだから。
 実際、F1ドライバーの首は、ジェット・パイロットの首よりずっと強くて若々しい。もちろん、F3000やフランスのF3、ル・マン24時間耐久レースといったほかのモータースポーツのドライバーと比べても圧倒的に強い。すべてのスポーツマンのなかでいちばん頑丈な首をしているのはボブスレーの選手だが、このスポーツは非常に特殊なものといえる。
 F1ドライバーにとって首がいかに重要な部分か。それは若いドライバーの成長に注目しているとよく分かる。
 私の属しているローヌ・プーランでは毎シーズン、F1ドライバーに多くのテストを行っているが、伸び盛りのドライバーの首は本当に目に見えて発達する。なかには、首まわりだけのために、シーズン中に2サイズもシャツを作り替えるドライバーさえいるほどだ。そして、そういうドライバーに限って、レースでのパフォーマンスも確実に上向いていることが多い。
 首に次いで重要なのは、腹筋と前腕の筋力だ。F1ドライバーの腹筋はとても大きく、前腕の力も非常に強い。凄まじいGフォースに耐えながらシビアなステアリング操作をするには、首と腹筋と前腕の筋力、これがバランス良く発達していることが望ましい。
 1分間に60回腕立て伏せができるプロストはこの点で目立って優秀だ。しかし、同じことができるドライバーはほかにもいる。たとえば片山右京だ。
 彼はフィットネス面から見ると、非常に良いシェイプをしている。とくに前腕の筋力が素晴らしい。直線コースでも、まるで馬の上の騎手のようにあちこち動かしてドライブする独特のスタイルは、この前腕の力によるところが大きい。
 右京の場合、あとはその優れた力をいかにグランプリでの実績に結びつけるかだが、今シーズンで引退するプロストはF1マシンに乗って13年、右京はまだ2年だから、楽しみはこれからだと期待している。
 また、全体的なフィットネスとして、F1ドライバーの肉体には皮下脂肪が薄いことが要求される。つまり、暑さに強い肉体、ということだ。
 彼らは1回のレースで時速12キロで2時間ジョギングするのと同じくらい、多くのエネルギーを消費する。しかしその環境は暑さという点で、マラソンレースよりもずっと過酷だ。狭いコックピットのなかは、外気の温度が20〜25度だとしたら、すぐに40度くらいになってしまう。
 私たちの調査によれば、F1ドライバーの体脂肪率はみんな13パーセント以下となっている。この結果は満足すべきものといえる。スポーツマンでない人は18〜20パーセントだから、F1ドライバーの皮下脂肪がどんなに少ないか分かるだろう。なかでも鈴木亜久里はとくに少ない。6パーセントという数字はマラソンランナー並みだ。

◆タフな心臓
レース中の最高心拍数は毎分190回!


 F1ドライバーという職業は、相当な強心臓でないと務まらない。私も彼らの多くが、スピード大好き、という精神構造であることはよく知っている。だが、ここで言いたいのは、そう、血液を全身に送り出している本物の心臓の話だ。
 レース中のドライバーはいくつかの特有な要因によって、心拍数が非常に上がりやすい状態になる。第一の要因は筋肉運動のため、第二はおもに急激なブレ−キングのため、第三は心理的なストレスのためだ。加えて、最高で50度にもなるコックピット内の温度も、全身の血管を膨張させ、心拍数の増加に拍車をかける。
 その結果、F1ドライバーのレース中の平均心拍数は、1分間で140回、最高で190回にも達する。普通の人間なら、胸に手を当てて想像しただけで恐ろしくなるようなペースだ。
 3つの要因のうち、ここでは第二と第三の要因について話をしよう。
 まず、急激なブレ−キングでなぜ心拍数が上がるのか。理由は、減速によるGフォースで大量の血液が下半身に集まり、心臓への戻りが悪くなってしまうからだ。これは「ヘビーレッグ症候群」とも呼ばれるもので、ドライバーは文字通り「足が重たくなった」ように感じる。
 この奇妙な足の感覚はとくに若いドライバーを苦しめる。あのプロストでさえ、かつては「足の静脈が何かおかしいと感じるときがあるがどうしたらいいのだろう」と相談に来たものだ。
 「自転車こぎをするといいよ」と私はそのときアドバイスした。それ以来、プロストの足に大きな問題が起きていないのはたいへん良いことだ。
 だが、何もこれはプロストに限ったことではない。急激なブレ−キングによる心拍数の増加を抑えるには、トレーニング・バイシクルを使った有酸素運動やサイクリングが最適なのだ。何人かのドライバーはサーキットでのちょっとした移動にも自転車を愛用するが、楽しみながらトレーニングするということはたいへん良いことだ。
 第三の要因である心理的なストレスは、コーナリング中や前のマシンをパスするときなど、緊迫した状況で大きくなる。
 たとえば、鈴鹿サーキットで行った右京のテストでは、1分間の心拍数は直線で140〜150回、カーブでは160〜165回だった。これはけっして悪い数字ではない。どんなドライバーでも、コーナリングのときや急ブレーキを踏むときは、あっという間に毎分20回くらい心拍数が上がってしまう。
 「モナコがいちばん疲れる」と多くのドライバーが口を揃えて言うのはそのためだ。観戦している側にすれば、もっともスローなサーキットでのレースはベルギーなどと比べれば迫力に欠けるが、ドライバーにしてみれば、カーブだらけの狭い公道はつねに危険と隣り合わせ。そのために、ほとんどのドライバーの心拍数は、約2時間のレースのあいだ、ずっと毎分170回にもなる。そう、モナコはまさに、精神の心臓と肉体の心臓と、ふたつの強いハートが要求されるサーキットといえるだろう。

◆トレーニング
ベースとなるのは有酸素系の運動


 F1ドライバーの多くは、自転車こぎのほか、水泳、ジョギングなどもトレーニングに取り入れている。このような有酸素運動は、激しいGフォースに負けずに効率よく呼吸をし、血液を身体中に送るのに役に立つ。
 とくに水泳はいい。浮力のためにリラックスできるし、全身の筋肉を無理なく鍛えることができる。そして、呼吸をコントロールしなくてはいけないという点も、F1ドライバーのフィットネスに適している。
 たとえば、まだ若くてサーキットの様子をよく知らないドライバーは最初の何周かはとても疲れるというが、これは加速や減速やコーナリングで必要に応じて呼吸していないからだ。そこで私は若いドライバーに「水泳をやるときは、水中に潜る練習もするといい」とすすめている。
 最初は1分くらいしか潜れないが、少し練習すれば3分はいけるようになる。F1ドライバーの場合、必要に応じて呼吸をするということは時として呼吸を止める必要もあるということで、この方法はたいへん効果がある。
 また、F1ドライバーはみんなよく走る。たしかにジョギングは水泳同様、心肺機能を高めるのにいい全身運動だ。
 だがこちらは、プールよりは少し環境を選ぶ必要がある。とくに、暑すぎる環境でのジョギングは、すべてのドライバーにすすめられるものではない。
 アイルトン・セナは特別だ。彼はオーストラリアGPの数日前、午後3時のいちばん暑い時間にテスターをつけて走ったことがある。45分も走って、彼は疲れ切って帰ってきた。そしてこう言ったものだ。「この暑さに慣れなければいけない。明日も同じことをするよ。外を走って、泳ぐ。ゴルフはなしだ」。いくらベスト・コンディションでレースに臨むためとはいえ、ここまでできるドライバーはそうはいない。
 F1ドライバーのトレーニングのメニューは、それぞれのテスト結果によって、運動の強弱や鍛える部位など、厳密には少しずつ違う。だが基本的には、そのドライバーがどんな環境に住んでいるのかを考慮してアドバイスするようにしている。
 たとえば、フィリップ・アリオーのように街に住んでいるドライバーなら、プールで泳いだり、ジョギングをするのは簡単なことだ。彼は自転車の20キロ走もやっている。
 一方、エリック・ベルナールのように山に近い田舎に住んでいるなら、同じ自転車でもマウンテンバイクが最適だし、アップダウンに富んだ道のりをおいしい空気を吸いながらハイキングすることもできる。
 重要なのは、その国や地域でどんなフィットネスがやりやすいか、そのドライバーがどんなことが好きか、楽しめるか、といったことだ。ほかに筋力トレーニングのスケジュールもあるのだから、総合的なフィットネスはそれで十分と考えている。

◆シェイプを保つ食生活
余分な脂肪をつけないことそれが肝心


 F1ドライバーにふさわしいシェイプを作り、それをしっかり保つために、トレーニングと同じように大切なものがある。それは、普段の食生活だ。
 F1ドライバーの食生活は、ボクサーや日本の相撲レスラーほど特別なものではない。だいたいは、私たちと同じようなものを食べている。だが、脂肪を摂り過ぎないことと、良質な炭水化物とタンパク質を摂ること、このふたつは良いフィットネスのために非常に重要だ。
 とくに、脂肪の摂り過ぎはF1ドライバーの大敵といえる。体脂肪が増えるとそれだけ暑さやストレスに弱くなり、トレーニングもしにくくなってしまうからだ。
 私は年に3、4回、測定用の器具を詰め込んだスーツケースを持って出かける。そしてドライバーたちに会うと、まず最初に体脂肪を測定するための専用メジャーを取り出すことになっている。
 ほとんど誰もが「まったく問題ない。いい調子でやっているよ」と言うが、なかには私に「もう少し食事に気をつけた方がいい」と、腹を叩かれるドライバーもいないわけではない。
 この点でいちばん問題なのは、イギリス人ドライバーだろう。
 イギリスでは料理にバターをたっぷり使うので、あまりお国柄に忠実な食生活をしていると余分な脂肪の方もたっぷりついてしまう。これには注意しなくてはならない。しかし、同じ油性の食品でも、地中海のおいしいオリーブオイルは身体にとてもいい。
 良質の炭水化物とタンパク質としては、パスタ、米、魚などがあげられる。オリーブオイルとパスタを組み合わせて食べ続けているイタリア人は、F1ドライバーになるには恵まれたお国柄といえるかもしれない。
 同じことが言えるのが、米と魚をよく食べる日本人ドライバーだ。米の炭水化物と魚のタンパク質には脂肪を上手に分解する力があり、それが彼らの身体に余分な脂肪をつきにくくしている。
 脂肪、炭水化物、タンパク質のほか、必要栄養素となるのはビタミンとミネラルだが、F1ドライバーの場合はとくに、ビタミンAとB、それにマグネシウムが大切だと考えている。
 これらの多くは普段の食事で十分摂取できるので、ハンガリーGP以降をのぞけばあまり心配はいらない。
 だが、ハンガリーのあとは夏になり、フランス、イギリス、ドイツはとても暑くなる。問題はこの時期だ。
 このころのF1ドライバーの血液サンプルを調べると、暑さのために、大量のマグネシウムが失われていることがよく分かる。その対策として、私たちはこの期間、15日間連続してマグネシウムを与えるといいと考えている。
 また、この時期は気温だけでなく、サーキットの外の動きも熱を帯びてくる。そこでドライバーたちは、契約に関する精神的な問題などから体調を崩さないように、この点も十分注意しなければいけない。秘密がたくさんあるということは、それだけで大変なストレスなのだ。

◆レースのための栄養摂取
大切なのは水と糖分とマグネシウム


 普段の食生活はそれほど特別ではないが、レース前の食事とレース中の水分補給、そしてレース後の栄養摂取には、F1ドライバー特有の方法がある。
 まず、レース前の食事は、2時間ほど前に400カロリー程度のパスタやライスを食べることが望ましい。これらは比較的ゆっくりと消化される糖質で、体内に蓄積されたグリコーゲンを長く保つのに効果がある。つまり約2時間のレースのあいだ、すべての筋肉が効率よく働くようなエネルギー源を摂っておくというわけだ。
 次はレース中の水分補給だが、F1ドライバーは1回のレースで、本当にたくさんの汗をかく。平均で1時間あたり1リッター以上だ。なかには、1回のレースで3リッターもの体液を汗として失うケースもある。
 汗で失われるのは水分だけではなく、マグネシウムや糖分も水分と一緒にどんどん失われていく。その結果、疲れはひどくなり、身体も目も頭も、すべてが疲れて集中力がなくなってしまう。レースやシーズンの終わりの方で事故が起きやすいのは、それだけドライバーがミスをしやすいコンディションにあるためだ。
 そこで私たちは、F1ドライバー用のドリンクと開発した。ビタミンAとB、マグネシウム、良質の果糖などを含んだ、胃にやさしく長時間持続するエネルギー源だ。この特別ドリンクは、夏の終わりやグランプリの3日間にドライバーに渡すが、私がフィットネスを担当したドライバーはみんなこれを飲んでいる。
 レース後は、まず水分をたっぷり補給すること、そして炭水化物を摂ることがとても重要だ。
 筋肉を激しく使ったあとは体内に乳酸が蓄積する。それを解消するには炭水化物という糖質の力が不可欠だし、肝臓のグリコーゲンを元通りに増やしてやるためにもこれは欠かせない。
 また、クッションの悪いF1マシンはとくに目の疲れをひどくする。モナコなどのハードなグランプリのあとでは、多くのドライバーが「まる1日、何も読めない」と言うほどだが、このような症状を早く回復するためにも糖分の補給は非常に大切だ。

◆肉体と精神の両立
メンタルな余裕が走りを速くする


 F1というスポーツは経験が大切だ。どんなに優れたフィットネスの持ち主でも、たくさんのサーキットを知り尽くし、ハードなレースを何度も経験しないと本当のトップドライバーにはなれない。
 これは、精神的な余裕や安定、といったことと非常に深く係わっている。グランプリでコンスタントに良い成績を挙げるには、肉体と精神が高いレベルで両立していることが重要なのだ。このあたりが、ベテランとまだ経験の少ない若手ドライバーのいちばん違う点といえるだろう。
 たとえば、アラン・プロストは肉体的にも素晴らしいが、精神的な部分も申し分ない。彼はほとんどミスをしない。すべて計算通りにレースを運ぶ。それは彼の精神状態がつねに落ち着いているという証拠だ。
 彼は自信のあるコース・ラインでは「オーケー、クルマの調子もいいしタイヤも大丈夫だから、ここはとても速く抜けられるぞ」と自分に言い聞かせることができる。その分、心理的なストレスが少ないから、心拍数もあまり上がらない。F1の場合、本番では圧倒的にベテランの方が強いが、それはこんな具合に精神的なものが肉体の新陳代謝に大きな影響を及ぼすからだ。
 もちろん、精神的な強さは、マシンを降りても大いに必要とされる。チームの仲間とうまくやっていかなければならないし、ジャーナリストや企業関係などたくさんの人に会う仕事もある。当然、お金や契約問題のストレスも少なくない。F1という世界でステップアップしていくのは本当に大変なことなのだ。
 私は長年多くのF1ドライバーと付き合ってきたが、肉体的なフィットネスを内側から支えるこの心の部分には、いつも新しい驚きを覚えずにはいられない。

◆資料:ローヌ・プーラン提供(参照)

 シングルシーターのレーシングカーに乗るドライバーの肉体は、レース中、大変な肉体的・生理的ストレスにさらされる。これらのストレスは、ドライバーがステアリングホイールやペダル操作を行うときの筋肉運動、その結果もたらされる(コーナリング時の)横方向から急激な力および(反復的な加減速時の)前後方向からの急激な力、50度近くにもなるコックピット内の温度、さらにエンジンや路面の凸凹による絶え間ない振動などによって引き起こされる。
 研究は、F1ならびにル・マン24時間耐久レースに参戦している世界的に評価の高い21人のレーシング・ドライバーを対象に、過去4年間にわたって行われたものである。

資料@
F1ドライバーの首の筋肉

 F1ドライバーがサーキットでコーナリングやブレ−キングを行うときにさらされるストレスは、激しい筋肉の収縮をもたらす。遅かれ早かれ、これにより首の筋肉には部分疲労がもたらされる。そしてドライバーは頭の位置を的確に保ち、最適な走行ラインを取ることができなくなってしまう。たとえばメキシコGPで首の筋肉にかかった負荷は、トータルでいうと右側で8〜10トン、左側で4トンに匹敵するものであった。
 現在、レーシング・ドライバーの首の脊椎の支柱にかかる荷重を測定する方法を開発するため、航空学で用いられているアプローチをもとに長期にわたるリサーチが行われている。動力測定と電気生理学的測定法を組み合わせることで、首の強さと首の筋肉疲労に対して、筋肉の発達がおよぼす主要な効果を明らかにすることが最近、可能になった。

資料A
レースと心臓のストレス

 16の異なるサーキットにおいて、不整脈を伴わない心拍数の担当の増加が全般的に認められた。レース中、心拍数の平均数値は1分間で140回、最高では190回に達した。

 レース中と研究所であらかじめ測定した最大酸素消費量(トレーニング・バイシクルによる)との比較では、レース中の方が、同じ最大酸素消費量でも心拍数が高いことが判明した。レース中のドライバーは最大酸素消費量の49〜56パーセントの酸素を消費し、心拍数は毎分150〜160回。しかし研究所の測定では、同じく50パーセントで、毎分130回であった。
 ホルモンの変化を調べた結果、F1レース中は、ドライバーのアドレナリンの発生率が著しく増加することが明らかとなった。このアドレナリンの増加は、グリコーゲン(肝臓に貯えられている炭水化物)の減少、ひいてはドライビング中の注意力の低下をもたらしがちである。

資料B
減速によるストレスと血管への影響

 この試験はドライバーの下肢に静脈の膨張を分析する装置を取り付け、傾いたテーブルの上に脚を下にして身体を寝かせ、ふくらはぎの血液流量の増加速度を測定することによって行われた。試験には9人のドライバーが参加し、椅子に座った被験者が、マラソンランナー、ボディビルダーらと比較された。

 試験の結果、F1ドライバーはスタミナがあり、静脈の膨張率も高いことが判明した。
 結論として、静脈の膨張に関する限り、F1マシンのドライブを集中的に行うことは、長期的にはマラソンよりも害がないように思われる。しかし、静脈の膨張を減少させるために、それに対抗できるだけの筋力をつけることを目的とした筋力トレーニングを行うことが望ましい。

 研究所では、静脈の膨張に耐えられる弾力性のあるレーシングスーツ、戦闘機のパイロットが着用しているGフォースに耐えられるスーツのようなものを現在、研究中である。

資料C
F1ドライバーとマシンの振動

 F1ドライバーはエンジンやトラック表面の凹凸、あるいはレース中のタイヤの磨耗によって発生するさまざまな周波数の振動にさらされている。シャシーやサスペンションは硬くセッティングされているため、これらの振動が余計にドライバーに伝わりやすくなっている。

 発生する振動は周波数帯により大きく3つに分けられるが、どれも解剖学的・生理学的にみてドライバーとドライビングに悪影響をもたらす。

 低周波数(10ヘルツ以下)は、仙腸骨・尾骨の痛みを誘発する。この周波数はもっともドライバーに振動を伝えやすい。これよりも高い周波数に関しては、視覚機能に障害を及ぼす80〜90ヘルツの振動と、筋肉に作用して筋力の低下をもたらす150ヘルツ付近の振動がある。

 これらの振動による悪影響を吸収・抑制するために、シリコンを原料とする粘着力と弾力性のある素材が開発され、ドライバーズシートとドライビングシューズの底に装着されるようになった。この素材は、振動を吸収・抑制する性質以外にも、スリップしにくい、極端な温度変化にさらされても機能を維持できる、といった特性を持っている。

資料D
F1ドライバーの視覚的生理工学

 知覚(その大半は視覚であるが)や、人間と機械あるいはドライバーと車のインターフェイスにおける生理工学の分野では、何種類かのプロジェクトが現在、研究所で進行中である。これらの目的は、人間と機械、ドライバーと車の関係から、できる限り最良のパフォーマンスを引き出そうという点で一致している。

 1991年と1992年には、次のような3つの分野に焦点を合わせた研究が実施された。

●可能な限り多くのF1ドライバーを対象にした視覚機能の研究

視覚の広さ、コントラストの把握、色彩と深度、両目のバランス、まぶしさ、視野をはじめとする機能などが測定された。また、視覚機能に異常が発見されたときには処方を指示した。

●ドライビングが与えるいくつかの視覚機能への影響の研究

 いくつかの視覚機能をドライビング(プライベートテスト)の前と後で測定した。この測定は、ドライバーのストレスが戦闘機のパイロットのそれに類似しているとの想定のもとで行われた。テストしたのは眼球運動のバランスと遠(コースや風景)近(インスツルメントパネル)間を視点移動したときの疲労、視角の変化である。この研究は現在も続いている。

●ヘルメットのバイザーが及ぼす視覚への影響

 F1ドライバーが装着しているヘルメットには様々なバイザーが取り付けてあるが、ほとんどの場合、その質はひどいものだった。それらのバイザーは、戦闘機のパイロットが装着するヘルメットにはおそらく使用できないだろう。

 バイザーの光学的特性の分析を、像のゆがみや光線の透過性などの観点から行った。その結果、現状のバイザーに対しては様々な要求が提案された。たとえば、直射日光や路面からの反射光といったドライビングを防げる可視光線の減少、曇天や雨天などで視界が悪い状況下でもコントラストを上げる方法などである。そして、理想的なバイザーのスペックというのは定義可能であるという分析結果を得ることができた。